Delvon Lamarr Organ Trio『I Told You So』
NYでもLAでもシカゴでもなく、シアトルで活動するオルガン・ジャズ・ファンク・トリオがデルヴォン・ラマー・オルガン・トリオ。アメリカのバンドだけに演奏力は折り紙付きだが、そのヴィンテージでザラッとドロッとしたサウンドのセンスはアメリカというよりはイギリスのバンドのよう。例えるならヒップホップやレアグルーヴを経由したディープファンクのムーブメントのころのヴィンテージでぶっといDJカルチャー由来のサウンドに近い質感がある、とでもいうべきか。ディープファンク期の多くのジャズファンクバンドがミーターズ影響下にあったのと同様に、デルヴォン・ラマーのサウンドの執拗に反復しながらねちっこくグルーヴするサウンドにもミーターズの影響が聴こえるのもイギリスらしさを感じる要因か。コリー・ヘンリーがえぐいリハーモナイゼーションを駆使してプログレッシブに突き進むゴスペル文脈のオルガンとはまた別のベクトルで新鮮に聴かせるオルガン・ジャズの現在地。オルガン・ファンク入門にも最適の逸品です。
Shai Maestro 『Human』
イスラエルを代表するピアニストで、ヨーロッパの名門〈ECM〉レーベルと契約しているシャイ・マエストロの同レーベルからの2作目。本作はまっすぐやわらかい音色と最低限の音数でメロディを奏でるトランペットを自身トリオに加え、4人の間に生まれるハーモニーの美しさを慈しむような演奏をしている。若き日には信じられないテクニックを駆使した演奏を活かせる変拍子や高度な即興演奏で世界を驚かせたシャイだが、その技術をその音色や響きのコントロール、もしくは作曲に込めることで、以前よりもはるかに音楽が雄弁に聴こえるようになった。そういえば、前作『The Dream Thief』のリリース後の取材で「ただ音楽の世界だけに浸りたいとも思った。例えば、ひとつのコードに浸って音そのものに引き込まれていくように作りたいと感じている」と語っていたが、まさにそんなベクトルでの音楽の美しさがここでも聴こえている。そして、それは〈ECM〉レーベルが長年アルバムの中に封じ込めてきたサウンドでもある。シャイ・マエストロが〈ECM〉的な美学を演奏においても、作曲においても、完全にものにしていることが伝わってくる。
V.A. 『Indaba Is』
ジャイルス・ピーターソンのレーベルの〈ブラウンズウッド〉がリリースした南アフリカの若手ジャズ・ミュージシャンを紹介するコンピレーション。ここ数年、ブラウンズウッド〉がリリースしてきたイギリスの『We Out Here』、オーストラリアの『Sunnyside Up』に続く“芽が出始めたシーンの息吹を伝える好企画”の第3弾ともいえるだろう。『We Out Here』がTomorrow’s Warriors出身者を中心にイギリスのアフリカンやカリビアンの2世・3世たちを紹介ししながらイギリスのマイノリティたちによるジャズ解釈をまとめたことでアメリカのBlack Lives Matterとも呼応した作品として提示したように、ここではアパルトヘイト後も依然と続く南アフリカでの白人と非白人の人種格差などを告発するようなメッセージでアメリカのBlack Lives Matterとも共振しているのも『We Out Here』との関係を感じる理由だ。
音楽面では、そのビートに明らかにアフリカ由来のリズムが組み込まれているし、ゴスペル的なコーラスにもアフリカン・アメリカンのゴスペルとはテイストの異なる南アフリカ独特のゴスペルの響きや旋律が聴こえてくる。そういった自分たちのルーツを取り入れながらも、同時に現代的なサウンドに昇華させるために南アフリカの若手たちはアメリカの現代ジャズの手法をかなり研究して、うまく取り入れていることがわかる。ストレートに言えば、想像以上にロバート・グラスパーの手法が大きな役割を果たしている、と言ってもいいだろう。クリス・デイヴやマーク・コレンバーグ的なリズムの処理やグラスパー的な鍵盤のフレーズだけでなく、グラスパーがレイラ・ハサウェイらヴォーカリストを起用して生み出すゴスペル色濃厚なサウンドだったり、ロバート・グラスパー・エクスペリメント諸作や『Artscience』などで見せたヴォコーダーの使い方だったりと、挙げていけばきりがない。もともと南アフリカのジャズ・シーンではアメリカのジャズのトレンドを取り入れるミュージシャンが少なくなかっただけにこの傾向は不思議ではないが、そのアメリカ寄りの志向が自身のルーツと融合している状況があるうえで、シャバカ・ハッチングスらとの交流によりイギリスのカリビアンやアフリカン経由のジャズとも通じるエッセンスも若干あったり、ブラウンズウッドからのリリースということでDJユースにも耐えうる低音部や音像の作りもあり、南アフリカ独自のハイブリッドさを獲得しはじめている状況が聴こえるのは面白い。
まだ粗削りで発展途上といった雰囲気は否めない音源もあるが、イギリスのシーンがここ3年でグッと成長したように南アフリカのシーンも今後、伸びるだろうと祈りつつ、温かく見守りたくなるショウケースだと思います。
Cameron Graves 『Seven』
カマシ・ワシントンのグループのアコースティック・ピアノ担当といえば、このキャメロン・グレイヴス(で、シンセ担当はブランドン・コールマン)。筋肉質でムキムキのキャメロンはゴリゴリにテクニカルなだけでなく、極太の腕でピアノが揺れそうなほどのパワフルな演奏をする超異端のピアニスト。好きな音楽はメタルで、好きなバンドはメシュガー。インド音楽のリズムに関心を持ち、変拍子を愛し、日々クラシック音楽の難曲を練習している。そんなキャメロンの志向が詰め込まれた本作は例えば、“スラッシュ・メタル・コンテンポラリー・ジャズ”だとか、そういう無茶な言葉の組み合わせで表現するしかないような轟音でテクニカルなサウンド。
ドラムはゴスペル出身のドラム・スターのマイク・ミッチェル。自身のプロジェクトではブラック・ダイナマイト名義でノイジーでアブストラクトなエクスペリメンタル・ジャズを作り、ライブで演奏すれば爆音且つ、驚異的な手数でクソうるさいけど、認めざるを得ない圧巻のプレイを聴かせて認めさせてしまう奇才だ。ちなみにウルトラ・テクニカルなベーシストのマイク・ゲールはマイク・ミッチェルの盟友でお互いの作品に参加し合う仲。2人のリーダー作や二人が参加するプロジェクトのスピリット・フィンガーズを聴けば80-90年代的なテクニカル・フュージョンを新たな感性で更新しようとしていることがわかる。そんなメンバーにスラッシュ的なギターを現代ジャズ的なフレーズに混ぜながら弾けるコリン・クックが加わった本作はただただうるさくてパワフルでテクニカルなジャズで、見るからに難しそうなフレーズや一糸乱れずバシッと揃えるキメがあったりと(マハヴィシュヌ・オーケストラやビリー・コブハム辺りにも通じる)フュージョン的な見せ場満載。くどさもあるが、個々の演奏は音量の大きさや手数の多さにもかかわらず、ディテールは実に繊細なのがミソで、細かく動きながら柔軟に即興を繰り広げるさまは現代ジャズそのもので、00年代以降のジャズのどこかクールで“あっさり”した情感がメタル且つフュージョン的なこってりした“くどさ”と併存する。センスの塊のようなティグラン・ハマシアンとは異なる“ジャズにおける身体性の魅力を極限まで突き詰めたスポーツのようなサウンド”が爽快で楽しかったりもする。
しかし、カマシ・ワシントンもサンダーキャットもロナルド・ブルーナーJrも、カマシの周りの仲間たちは勤勉さ的な部分で似てますね。あの週刊少年ジャンプっぽい群像感はなんなんでしょう。